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鹿児島地方裁判所 昭和43年(わ)355号 判決

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は、原田福蔵、ウメの次男として鹿児島県肝属郡大根占町で生まれ、鹿児島市の高等学校を一年で中退し、その間中学校卒業前ごろから窃盗罪を再三犯し、昭和二八年四月には同罪により中等少年院に送致されたが、その後東京方面で洋服仕立職人の技術を身につけ、鹿児島市に帰って同市内の洋服店で稼働したのち、昭和四〇年三月ごろから自宅で洋服仕立の下請業を営み、そのかたわら昭和三六年ごろから自宅で養豚業を営んでいたもので、昭和三三年に結婚した妻との間に二児をもうけたものであるが、

第一、昭和三九年九月に鹿児島県公安委員会の軽免許を受けて自動車運転の業務に従事していたところ、昭和四三年八月二八日午後六時三〇分ごろから午後一一時三〇分ごろにかけてコップ三杯位の焼酎およびコップ六杯位のビールを飲んだうえ、友人の田中幸蔵を助手席に乗せ、自己所有の軽四輪貨物自動車(六鹿ね六六二一号)を運転して国道三号線を鹿児島市小山田町方面から同市草牟田町方面に向けて時速約五〇キロメートルで進行中、翌二九日午前零時三〇分ごろ、同市伊敷町三、〇九三番地先付近にさしかかった際、右飲酒による酔いのため前方に対する注視が困難となったのであるが、このような場合、自動車の運転者として、直ちに運転を中止し、酔の醒めるのを待って運転すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、そのまま運転進行を続けた過失により、折柄前方道路上に強風のため自転車から落ちて倒れていた鶴田清(当時五九才)に気がつかず、右田中の叫び声を聞いてあわてて急停車の措置をとったが間にあわず、同自動車の前方下部付近を右鶴田に衝突させ、同人に対して肋骨骨折、左肺損傷を与え、よって、同日午前一時二〇分ごろ、同町七七番地植村病院において、左肺損傷等による出血多量のため、同人を失血死するに至らせ、

第二、右衝突直後、右田中から「人ではなかったか」と言われて恐怖の念に駆られ、その場から逃亡しようとして約二六〇メートル進行し、同町五九九番地先の右国道にさしかかった際、ギヤーをきりかえたところ、同自動車がノッキングしたので、さきに急停車した際堅い物体に衝突したような衝撃を感じ、かつ右衝突の後発進しようとした際もノッキングし、発進後も平素に比べて遅い速度しか出なかったことなどから、ことによると右鶴田を同自動車の車体の下に引掛けて引摺っているかもしれず、そのような状態でそのまま進行すれば同人を死亡させるかもしれないことを認識しながら、唯一途に逃亡したい気持から、あえてそのまま時速三〇キロメートルで進行し、同所から同町二〇五番地先梅ヶ淵橋付近路上までの間約一〇六メートルにわたり同人を同自動車の車体の下に引掛けたまま道路上を引摺り、同人に対し多数の擦過傷を与えるとともに前記の左肺損傷による出血を助長促進せしめ、よって前記のとおり同人を死亡するに至らせ

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(業務上過失致死罪、殺人罪を認めた理由)

弁護人は、本件被害者鶴田清が被告人の運転する自動車によって轢かれた事実の証明はないから、被告人は無罪である旨主張し、また被告人および弁護人は、判示第二の事実について被告人に殺意がなかった旨主張するので、この点について検討する。

判示第一の事実は被告人の自認するところであり、右自白を補強する証拠としては次のものがある。

≪証拠省略≫によれば、自転車に乗り傘をさして判示第一の衝突現場を通りかかった被害者が折からの強風に傘を飛ばされて路上に倒れたところ、その直後鹿児島市小山田町方面から同市草牟田町方面向け進行してきた軽自動車が同所で同人に衝突し、同自動車が一時停止して同所を去った後には、自転車のみが残されていて被害者の姿はなくなっていたことが認められ、被告人の運転する自動車が被害者を引掛けて同所から梅ヶ淵橋付近まで運んだことは、同乗者その他関係者の供述、被告人の運転していた自動車および遺体に残された痕跡などから、疑問の余地がないことと考え合わせると、被告人の運転する自動車が被害者を轢いたことは明らかであり、その証明は充分と言わねばならない。

つぎに殺意の点についてみるに、被告人は捜査官に対し判示のような未必的殺意のあったことを一貫して認めていたのに、当公判廷に至りこれを否認し、これを認めた司法警察員に対する供述調書(昭和四三年九月二日付二二枚のもの、同月三日付二通)の記載は捜査官の誘導によるものである旨弁解しているのであるが、右各調書の標目が示しているように当時警察では本件を単に業務上過失致死、保護責任者遺棄罪等として捜査していたもので、右誘導のあった事跡は認められないのみならず、被告人は右各調書において犯人でなければわからない犯行の状況や心裡の動きを詳細に供述しており、しかも右各調書作成前に犯行現場においてなされた実況見分の際、被告人は、簡単ではあるが右各調書と同様の供述をしていることなどと考え合わせると、右被告人の供述は任意になされかつ真意に出たものと認められ、さらに被告人の検察官に対する各供述調書が任意になされたものであることは被告人の自認するところであるが、同調書において被告人は判示事実を全面的に認めていること、しかも被告人は当公廷において、当初衝突した際に堅い物体に当ったような感じを受け、同乗者の田中から人がいたようだったと言われて「まさか」と否定はしたものの、自転車のみが路上に倒れている筈はないから、人を轢いたのではないかという気持が強くなって逃走した等の事実を認める供述をしていることが認められ、以上認定の事実に右衝突後は車体の変調をきたす原因となるような事態はなかったのに遅い速度しか出なかったこと、被告人の運転経験はかなり永く、かつ犯行の際の自動車は昭和四二年一月以来毎日のように自ら運転していた車であったこと等を総合して考えると、被告人が判示のように鹿児島市伊敷町五九九番地付近を走行中ギヤーをきりかえようとしてノッキングした時点において、被害者を車体の下に引摺っているかもしれないことを認識したことは明らかであり、かかる認識の下にあえてそのまま車体の振動により被害者が車体から離れるまで約一〇六メートルにわたり運転を継続した被告人の行為は、被告人が被害者の死の結果を認容する心理的状態にあったことを窺わせるに充分であり、判示未必的殺意の存在は明らかと言わねばならない。

なお、判示第一の罪については、被害者は右衝突の際の傷害によって即死したものではなく、その後の被告人の判示第二の所為が介在したうえ、死亡するに至ったものであるが、≪証拠省略≫によれば、被害者は右衝突の際に受けた衝撃によって顕著な肋骨骨折を受けて左肺を損傷し、右の肺損傷による出血が死因となったもので、かりに衝突後直ちに適切な治療を受けたとしても死の結果を防止することは殆ど不可能な状態に陥っていたことが認められるから、右被告人の業務上必要な注意を怠った行為と被害者の死亡との間には法律上の因果関係があり、判示第一の所為は業務上過失致死罪に該当するものといわざるを得ない。また、被告人の判示第二の所為は、それ自体により死の結果を招来するものとは認め難いが、被害者の前記肺損傷等の傷害による出血を助長促進したことは否めないところであって、その行為と死の結果との間に法律上の因果関係はあるものと考えられるから、被告人の判示第二の所為は殺人罪に該当するものというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は刑法一九九条にそれぞれ該当するので、各所定刑中判示第一の罪については禁錮刑を、判示第二の罪については有期懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で処断すべきところ、その犯情をみるに、本件業務上過失致死罪は酒酔い運転による事故で被告人の過失はきわめて大きく結果も重大であり、また本件殺人罪は先に示したとおり、生命をとりとめる可能性の殆どない重傷を負っていたとはいえ、被害者の救助を顧慮することもなく、逃走したいとの利己的な考えから、かかる重傷を負った被害者を車体に引掛けたまま長距離にわたり引摺ったうえ路上に放置して逃走したものであって、極めて悪質危険な行為というの外なく、被害者の遺族に与えた精神的打撃も大きく、社会的影響の点からも軽視し得ない犯行であってその責任は重大である。しかも遺族への慰謝の方途も充分尽されておらず、酒酔い運転で罰金刑に処せられた前科もあることを考えると犯情は悪質といわざるを得ないが、他方本件殺人罪は、もとより被害者の死を意慾したものではなく、恐怖の念に駆られたあまりの犯行であり、かかる所為がなかったとしても被害者の生命を救い得なかったであろうこと等汲むべき点も認められるので、これら諸般の情状を考慮のうえ、右刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち三〇日を右の刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 徳松巌 裁判官 小野幹雄 妹尾圭策)

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